2009-05-31

out of focus

experiment_3

life and destruction

2009-05-28

your comments...

コメントできない、と連絡を受け
調べてみたら、
どうやらgmailアカウント所有者のみ可能な
設定にしていたようで
慌てて変更いたしました。

コメントいつでも歓迎です!
よろしくね!

your comments are always welcomed!

2009-05-23

strawberries











2009-05-19

busy backdrops

a night without a candle

experiment_2

a beaded cushion

experiment_1

a hand
a cinnamon ball

2009-05-10

twilight

もうすぐ割れそう、胡蝶蘭のつぼみ。

黄昏時に、何を想う。


2009-05-09

不都合な真実 (!)

Jonas Bendiksenという写真家による、the place we live.
アジア各国のスラム街を記録した、ドキュメンタリー的な意味をもつ作品集なのだけど
写真の完成度は良いと思うのだけど、
webサイトを見て、根本的なテーマそのものに大きな疑問を持った。

これらの作品、テーマの中では『貧しい=不幸』が前提となっているのだ。

インドネシアに住んだことがあるから感覚としてわかることがあって、
それは、
必ずしも『貧しい=不幸』ではないということ。

むしろ、私たち日本人よりずっと満ち足りた、笑顔の多い生活を送っていると思う。
写真を見て、表情を見れば、それは明らかにわかる。

序文の深刻さとは裏腹に、被写体は美しく描写されている。

彼は『発展途上国』のスラム街を撮ることで何を表現したかったのだろうか。
国連の統計まで引用する必要があるのか。

作品の背景で流れるナレーションも訛った、不自然な英語だし。
彼らが英語を喋らないのは明らか。
内容はねつ造されているのか、という疑問さえ感じる。

欧米では評価を得ているようだけど、
まあ、彼らが好きそうなテーマよね。
と、私は彼らを軽く蔑むことで、感じるモヤモヤとイライラを解消しようとしている。

もし、この写真家が『貧しい=不幸』を逆説的に表現し
“先進国”に住む人々の既成概念を覆すための工夫をしているのだとしたら
それは斬新なアプローチ方法だと思う。
わかりにくいけど。

2009-05-08

物語

祖父母の夕飯前に
台所に忍び込み
サランラップがかかった『冷やごはん』を撮った。

『そんなもの撮らないで、せっかくなら湯気が出ているご飯を』

・・・と祖母はちょっと納得がいかない

私は

『冷やごはんだから、いいんだ』


炊き立てのご飯には当たり前のように温もりがあるけれど
冷やごはんには
祖母が炊飯器に残ったご飯を冷蔵庫に入れ
またそれを取り出し
温めようとする

その行為の方がずっと、あたたかい。

2009-05-06

Josef Sudek

ワタリウム美術館で見つけた、写真家Josef Sudek。
彼の作品は光が美しい。

日常を切り取り
その切り取り方が素晴らしく美しい。

ちょっと間違えれば
醜くなってしまう要素たちの集合


2009-05-05

sandro

Sandroという素敵な写真家を見つけました。

Irvin Pennの写真に魅せられて
独学で写真を学んだという彼。

彼の独創性と1枚に収められる物語にはショックの連続です。

ami vitale

my favorite photographer.

Ami Vitale.

photo journalist、それと同時にphotographer.
とっても素敵な写真を撮る人です。

全ての写真に『物語』があり、
その物語たちは素晴らしく美しく、たくましく語られている。

彼女自身も物語ることに注力している。
詳細インタビューは、ニコンのサイトで。

2009-05-03

back to the ... "past"

写真を『アート』として捉えるならば

戻るべきは、原点。

芸術の、原点へ。

過去の芸術の巨匠たちへ、視点を戻そうではないか!



写真が生まれた瞬間に絵画は死んだ、と言った芸術家がいた。

全ては『見る』こと『模写する』ことから創造が始まった。

ピカソの模写が創造へと変化したように
写真も模写から創造へ変化させることができるのだろうか?

2009-05-02

my love to my grandfather

祖父は横浜の造船所で働いていた。
今でもドックは残っている。
横浜の、歴史だ。


祖父は男らしい。
些細なことには動じず、家族のことなら自分を差し置いて全力で守る。
自分が一家を支えるという意識がある。

祖父は心が綺麗だ。
子供のような純粋な心を持っている。

祖父はひょうきんだ。
横浜の造船所には外国人もよく視察に来たらしく
その時に憶えた英語を今でもふざけて使う。

祖父は一生懸命だ。
「どうでもいいよ」という態度や言動を見たことが無い。


しかし祖父には『教養』というものが無い。
私はかつて、そんな『教養』が無い祖父を恥ずかしいと思ったことがある。
今はそんなことを思った自分を恥ずかしく思う。

『教養』なんて人間が創り上げた
薄っぺらくて
はかなくて
表面的なものに過ぎないのに。

根本的な人間性こそ、最も問われる事柄なのに。

今日、2008年2月28日以来、初めて、自分以外の人間を大切にしたい気持ちが溢れた。
私は、祖父を愛していると思った。